胎児脳を使うことの有効性は実感したものの、実際にはそれに変わるものが他にないかと考えていました。
そのころ細胞に癌遺伝子を組み込んで増やすと言う研究がされているのを知り、昼休みに机にすわってその論文を読んでいると、そばにボスのフリードが昼食のりんごをかじりながらやってきて、その研究をしたいのかと聞いてきました。イエスと答えると、その後フリードは自分の部屋にこもってあちこち電話をかけ、癌遺伝子の温度感受性変異株を使って培養ドーパミン神経細胞を増やすという研究のスタートがばたばたと決まりました。
これは37度の培養環境では細胞が癌細胞のようにどんどん増えるが、温度を39度にすると増殖が止まるというものです。そこでうまく神経細胞にすることができれば、大量にドーパミン神経細胞を手に入れることができて、パーキンソン病の研究やひょっとしたら治療にも使えるのではないかというものです。ラットの脳の温度は39度程度なので好都合だったのです。
専用の助手をつけてもらい、毎日毎日何十匹というラット胎児脳から黒質を顕微鏡で見ながら取り出し培養し、それに温度感受性癌遺伝子を組み込んだウイルスを感染させるということをしていました。ただし、同じような研究が世界中のいくつかでされましたが、かなりの労力を使った挙句、結局誰も成功しませんでした。ただ、培養を繰り返しているうちに1回だけ、長い突起を持つ神経細胞としか思えない細胞のコロニー(細胞のかたまり)が取れたことがありました。このときはついにやったかと興奮しましたが、すぐに死滅してしまいました。証拠こそありませんが、このコロニーの形は今でもはっきりと思い出せます。ですから、条件さえよければこの方法でも増える神経細胞が取れたのではないかと、今でも信じています。 |

培養ドーパミン神経細胞
これが1個のドーパミン神経細胞です |